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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)70495号 判決 1972年9月28日

原告 河面ユキ子

右訴訟代理人弁護士 金末多志雄

同 村山利夫

右訴訟復代理人弁護士 中嶋郁夫

被告 西運株式会社

右代表者代表取締役 松本新助

右訴訟代理人弁護士 平岡高志

同 斉藤稔

主文

当裁判所が昭和四六年(手ワ)第一三六五号約束手形金請求事件について昭和四六年八月二〇日言い渡した手形判決は、これを取り消す。

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は全部原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告は原告に対し、金八九〇、七五〇円および内金一七八、一五〇円に対する昭和四五年一〇月一日から、内金一七八、一五〇円に対する同年同月二八日から、内金一七八、一五〇円に対する同年一一月二八日から、内金一七八、一五〇円に対する同年一二月二九日から、内金一七八、一五〇円に対する昭和四六年六月二三日から、各完済まで年六分の割合による金員の支払をせよ。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

(一)  原告は別紙第一手形目録記載の一ないし五の約束手形五通(以下本件手形という)を所持している。

(二)  被告は右各手形を振り出した。

(三)  右手形は支払のため呈示されたが、支払拒絶がなされた。

(四)  よって、原告は被告に対し、本件手形金合計金八九〇、七五〇円および各呈示(但し満期昭和四五年七月二七日は訴状送達の翌日である昭和四六年六月二三日)から完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

全部認める。

三  抗弁

(一)  原告が本件手形を取得するに至った経緯は次のとおりである。

(1) 訴外明和通商株式会社(以下明和通商という)は訴外多摩三菱ふそう調布支店(以下三菱ふそうという)からダンプ三台を代金八、一〇四、六五〇円で購入し、その支払として昭和四五年三月五日第一回期日より二四回の長期月賦の約束手形を振出した。

(2) その際、同会社調布支店の営業課長であった亡河面寛は、右約束手形が長期なため、また明和通商の資金繰りが苦しいのに三台も買ったので、その支払の担保および自動車代金の一部として担保を要求したため、明和通商は昭和四四年一二月二九日に被告より預っていた別紙第二手形目録記載の約束手形一二通を代金の支払の担保および代金の一部(頭金)に充当するものとして亡河面寛に預けたものである。

(3) 明和通商は三菱ふそうに対する自動車代金八、一〇四、六五〇円を全額支払ったのであるから、三菱ふそうが本件手形を所持する経済的利益はなく、明和通商に当然返還さるべきものである。

(4) ところが本件手形は河面寛(当時三菱ふそう調布課長)が所持していたところ、昭和四五年二月一二日同人が死亡したのでたまたま原告が発見し所持するに至ったものである。

(5) 明和通商は三菱ふそうにダンプの代金を全額支払ったのであるから三菱ふそうは本件手形を所持する経済的利益はなく、従って仮りに原告が三菱ふそうの地位を承継したものとしても右に述べた理由により原告の請求は排斥さるべきである。もし仮りに本件手形を亡河面寛が明和通商の代表者たる古畑忠広より手形割引依頼のため取得したものとしても、河面寛は単に手形割引の依頼を受けて手形を取得しているにすぎず、割引金を交付しないのであるから原告は手形上の権利を行使すべき実質的理由はなく、被告に支払義務はない。

(6) また原告は限定相続をなし、相続財産管理人の資格で本件手形金請求をなすべきであり、原告個人の本訴請求は当事者適格を欠くものである。

四  抗弁に対する認否

(一)  抗弁事実は否認する。

(二)  原告は相続財産管理人に選任(昭和四五年五月二六日)され、その後そのための諸手続をなし、さらに亡河面寛の遺産を調査したところ、その遺品中に本件手形と念書(古畑忠広が河面寛に割引譲渡した旨)を発見したので原告は寛の相続財産管理人として本件手形金を取立て相続債権者に弁済すべき義務がある。

(三)  なお原告が本件手形金の支払を求めるにあたり、受取人欄を亡河面寛相続財産管理人名義にせず、原告名義でなしているが、これは前記各手形が受取人白地で振出されていたこと、原告の法律的知識の不充分からなしたものであって、前記各事情からも明らかなとおり、右相続財産の取立のためになされたものであり、原告の個人名義でもその請求をなしうるものと解するを相当とする。

第三証拠≪省略≫

理由

一  原告主張の請求原因事実は当事者間に争いがない。

二  被告主張の抗弁について判断する。≪証拠省略≫によると、昭和四四年一二月一五日三菱ふそうより明和通商はダンプ三台を金八、〇一四、六五〇円で購入する契約をし同社振出の約束手形二四通で長期分割弁済を約したこと、頭金三〇〇、〇〇〇円の現金払が変更となり諸雑費(強制賠償保険等)を加算した合計金四六八、六九〇円を被告振出の手形二通(第二手形目録(一)および(二)の手形金)合計金四一八、〇九八円と明和振出の小切手金五〇、五九三円で支払われ下取車の代物弁済も明和振出の約手で決済されたことが認められる。≪証拠省略≫によると、被告会社が他の自動車会社から車輛を購入するとき保証として明和が代って支払った裏付として預かった別紙第二手形目録記載の約束手形一二通を本件手形の保証としたこと、即ち本件ダンプ購入に際しその代金の頭金などの必要(現にそれに充当したことは前記のとおり)がありその都合がつかずまた三菱ふそう調布支店営業課長の河面寛が担保を要求し明和としては銀行の信用度が低いので被告振出の前記手形一二通を担保に入れたことが認められる。

しかし≪証拠省略≫によると、三菱ふそうとしては車輛売却の際第三者の手形を担保にとることはしていなかったし仮りにそのような場合があれば会社の方に納入になる扱になっていたので被告の手形が担保となっていたことは三菱ふそうとしては河面寛が如何なる意図で独断的になされたかは他のもの特に本社としては全く了知しなかったこと、現に問題となってから明和から照会され三菱ふそうとしては始めて調査していること、別紙第二手形目録(三)ないし(六)の手形は亡河面寛個人が第一銀行新宿西口支店で割引いているがそれは本件ダンプの代金には充当されず河面寛が自己のために使用したこと、古畑は河面とは何等の取引もなく古畑は河面より割引金を一銭たりとも受領したことがないことが認められる。≪証拠判断省略≫

以上の事実をさらに考究してみると、≪証拠省略≫によればダンプの代金は明和より完納されていること、≪証拠省略≫によると明和としてはダンプの代金は自己の手形で完済されているのに原告の許に被告振出の手形が何等正当な理由が存しないのにかかわらず残っているのでその返却を原告に督促していること、また≪証拠省略≫によっても明和が三菱ふそうを介して原告の方を照会して貰った結果三菱ふそうとしては全然了知していないのに(頭金に充当した二枚を除き)原告が手形を所持していることが判明したことが認められる。

以上の事実に照らして考察すると、自己の債権の支払確保のために約束手形を担保として受けとってもその後右債権の完済を受け原因関係が消滅しているときは、況んやその債権者(三菱ふそう)の地位を正当に代理ないしは承継していないもの(河面寛ひいては原告)が偶々手形を本来返還すべきなのにそれをせず手形が自己の手裡に存するのを奇貨として、自己の形式的権利を利用することは、特別の事情のないかぎりその手形の支払を受くべき正当な経済的利益を有しないものといわざるをえないので、振出人から手形金の支払を求めようとするが如きは許さるべきでないのは当然である。されば爾余の点につき判断するまでもなく、被告は本件手形金の支払を拒むことができると解するのが相当である。

してみると、原告の本訴請求は失当というべく、これを認容した手形判決は失当であるから取り消して原告の請求を棄却し、民訴法四五七条二項、九五条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤原康志)

<以下省略>

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